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by kateido2000
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ルーツ;ひいおじいちゃんはハンサムでした

古い金庫を整理していたら、私の祖父母のツーッショット写真が出てきた。
祖母は日本髪を結っている。
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息子K郎も娘うさ子も私の祖母については良く見知っていた。私の母を「おばあちゃん」と呼び、祖母を「大きいおばあちゃん」と呼び、祖母にあたる私の母より曾祖母の「大きいおばあちゃん」に面倒を見てもらっていた。
ところで私の祖母は鳥取県米子の出身で、祖父は宮崎の田野出身(多分)。
K郎が
「何で米子の大きいおばあちゃんと宮崎の人が出会ったんやろ」
私も今さら考えると不思議だが、今まであまり気にとめなかった。
小さいころからそう言われてたから、それはそうなんだ、と。
でも、そうだね~、なんでやろ?
大阪に住むおしゃれで、ちょ~インテリな母方の叔父(92歳)に聞いてみた。
かいつまんで言うと祖父はたまたま転勤で宮崎裁判所で裁判長をやっていた、ニシノという人に認められ、子供のいなかったニシノ氏が兄弟の多い(多分)祖父を養子にしようとした。
ニシノ氏は何でも米子藩の中老(家老の次だって)という名門で、祖父はニシノ氏に大学(今の明治大学)まで行かせてもらい、米子に帰り会計士をしていた。。
そこに乳母日傘のお嬢様の祖母がどうも祖父に惚れたんだってさ。
で、おじいちゃんはおばあちゃんの家に養子として入り婿になった。
察するに「どこの馬の骨ともわからん者に嫁には出せん」とゆうこと?
叔父が生きているうちに詳しい経緯を尋ねておかなきゃ。
↓の写真は
大正十二年三月四日 撮影
山陰米子  長谷川寫眞舘 
江藤様(祖父の旧姓だが字が間違っている。正しくは衛藤) 三葉 二円五十銭
今は米子市だが、昔は山陰米子で通っていたらしい。

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by kateido2000 | 2014-03-08 00:50 | つれづれ日記