好きな本、好きな映画、おもろい人々、泣かずに遊ぼ!


by kateido2000
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生活IQ

日参している「ひまわり食堂」で一人蕎麦を啜っていらっしゃる上品な老紳士。店の石油ストーブを見やりながら「灯油をストーブに入れる時、こぼれる方が多いんですが、何かいい方法はないでしょうか」居合わせた全員「???」になった。店の主人のれいさんが「一体どうやって給油されるんですか」と聞いたところ「灯油函を傾けながら入れます。重くて・・」れいさんが丁寧に教えて差し上げた。その老人が店を後にして私は聞いた。「今までず~っと灯油函を持って入れてたのかしら」れいさん答えて曰く「あの方の奥様がつい最近亡くなられたから・・・」
奥さんに先立たれると、灯油も満足に入れられない。彼は銀行マンだったらしいが、これってどうなんだろう。察するに彼は家のことは一切やらなかったんだろう。毎日の暮らしはいかばかりなのだろう。何もしなかったツケが、今回ってきたとしか言いようがない。
まぁ、ここまで生活IQの低い人もいないだろうが、男たちは妻がいなくなっても生活できるくらいの覚悟と予習はしておくべきだろう。熟年離婚ということもある。
by kateido2000 | 2007-12-27 18:55
今さらだけどこの本、小倉千加子の和央ようかに対する熱い思いを感じる、、ん~。。この本を読むまで全く知らなかった事実、(知ったからといって全く役に立たない知識だけど)に遭遇。
早稲田大学には「早宝会」というサークルがあるそうだ。「早稲田大学宝塚歌劇を愛する会」の略称。現役の早大生が宝塚の公演評や歌劇団の姿勢を書いた「夢の花束」という会報誌を発行している。1冊500円。早大生の中には「早宝会」に入りたいがために早稲田に入学した学生もいるんだって!
和央ようかと花總まりのコンビが退団した後、フアンだった人たちは深い喪失感に見舞われる。ある「早宝会」の一人は「フアン心理とは『相手に何も求めない愛』であり『恋愛よりももっと大きな愛』だと言う。宝塚フアンで関西出身の女は結婚相手に関西在住で、宝塚を観劇しても許容してくれる人、と答える。嫌いじゃないな~、こんな人。。。。

ところで話は変わるが、当店「ものもらい」の目薬を買いに見えるお客さん。ひどい時は眼科を薦めるが困るのは膿がもうそこまで出てきて、後一おしすればすっきりするだろうという人。何が困るかというと、潰したくってウズウズするのだ。そういう行為はやってはいけない。でも、ほら綿棒でちょっと押して、後真水で洗えばOKっていう人に、殆ど目薬は必要ない。
で、たま~に、(あくまで個人的に)ちょちょっと潰させてもらう。お客さん無料で目がすっきり、私もすっきり。1度自分の背中に出来たおでき。(お風呂でかんちゃんが発見した)自分で膿が出せなくてかんちゃんが出してくれた。かえすがえすも残念。
by kateido2000 | 2007-12-23 00:52 | 好きな本好きな映画
小説「中原の虹」完結記念!作家・浅田次郎氏とめぐる中国の旅。浅田氏とともに北京、瀋陽へ行き小説の舞台となった観光地を巡ります。小説のエピソードなどを伺いながらの観光は35名様限定!また浅田氏との夕食交流会もご用意!

これがJALで企画された。海外旅行大嫌い、でも浅田次郎様と夕食がご一緒できる、行かない手はないな~、どどどうするワタシ?う~ん、行こう!来年3月、お店は3日間お休みします。
by kateido2000 | 2007-12-19 18:41
待望の小倉千加子氏の新刊。小倉は作家でもエッセイストでもなく短大のセンセで、心理学者。今回筆者紹介には評論家も加えられていた。「週刊朝日」の氏のエッセーは必読の1冊。
宙飛ぶ教室、宙はそらと読みます。宙は宝塚歌劇団、宙組の宙だと思う。宙組を先だって退団した和央ようかのことが長々と書かれているし、その相手役だった花総まりの自宅まで行ったと告白している。小倉さん相当な宝塚フアンと見た。小倉千加子の本は、そんなに出版されていないから、私は全てを網羅している。それで思うのだが、私は彼女に強いシンパシーを感じるのだ。頭の出来はもちろん違うが、行動パターンが似てるわワタシ小倉さんと。1952年生まれの彼女。同じ団塊。くっだらない事にこだわる。真相を究明したがる。何にでも定義づけたがる。そうそう、宝塚好き。以下似てると思った一文。
スポーツジムに行って新聞を読む。ジムには運動に行くというより、新聞五誌と「週刊文春」「週刊新潮」「女性自身」「女性セブン」を読みに行くというのが、私の場合は正しい。・・中略・・
「毎日新聞」の夕刊など私以外誰も読まないだろうから、黙って持って帰れと悪魔が囁く・・・ 多分彼女は読書家ではあるんだろうが、何かもったいない、って感じる、う~ん違うな、元取る、それも何か違うけど、ある物は使わなきゃって思うんじゃないかな。それと活字中毒も入ってると思う。もし、彼女と直に会って話したら友達になれるかどうかビミョウだけど、小倉千加子の書くものは大好き。
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たった今「幸魚」のマスターが牡蠣とぎんなんのご飯を差し入れしてくれた。るん♪ここの賄い食は大好評。私がお世話してバイトしている女の子、どうもこの賄い食に目が眩んでるらしい。
今日の差し入れもそうなのかな。メニューにないなんてもったいないかも。。。
by kateido2000 | 2007-12-16 23:15 | 好きな本好きな映画

携帯電話

15年ほど前上京した際、ホテルで携帯電話の貸し出しがあった。右も左もわからない中、たいそう便利だった。待ち合わせたい相手に番号を教える。相手は先々から公衆電話でかけてくれた。これに味をしめ、私が携帯を持ったのはかなり人よりも早かったと思う。商売上、必須なアイテムになった。当時はメールなんてものは、もちろんなかった。あれから飛躍的な進歩を遂げた携帯電話。その功罪が今問われている。個人的な意見で言うと功は1で罪が9、かな。
ある夜のこと、(8時くらいかな)毎回せわしなくドリンクを飲んでいく30代後半~40代前半の男性。顔がてんぱってる。早口で「電話貸して!」ここで、はは~ん、携帯置き忘れたんだとわかる。で、電話をかけるが、間違ったらしい。「何番か?何番か?」とイライラしながら言っている。知るわけないよ私が。奥さんの車でここまで送ってもらったらしいが、降りるときお金を要求されその拍子に落としたらしい。奥さんの母親に電話をかけ奥さんの携帯の番号をイライラと聞いている。知らないと言われたらしく、額に青筋。今度は奥さんの従姉妹にかけた。(断っておくが、うちの電話)
たかが携帯電話で、奥さんの親を怒鳴ったり、奥さんを口汚く罵ったり、何なの一体???
これは特異な例かもしれないが、30歳や40歳でこんなだもん、若者はいかばかりか。何かのTV番組で携帯を取り上げて1日を過ごしてもらう実験をやってた。被験者は女子高校生。電話不携帯で何時間もたたないうち、情緒不安定になり泣き出す始末。
オトナがああだもんね~。ついこないだまではなかったのに携帯。みっともない!携帯ごときで半狂乱になるんじゃない!(自戒を込めて)
by kateido2000 | 2007-12-14 19:46

お正月のおもひで Ⅱ

子供の時分のお正月を書いたけど、大人になって(嫁いで)からのお正月もおもひで深いものがあるから一筆啓上。
嫁いだ先は日南は飫肥の旧家。(これは文字通りの意味で夫の出が旧家かどうか知らない。ただ家がそうだった。いわゆる武家屋敷。必殺仕事人の中村主水の家を思ってもらえばわかりやすい。これがその時義父があてがわれていた官舎だったのだから、オドロキです。)夫は宮崎に住んではいたが、毎年実家のある日南にお正月は帰ることになっていた。ところ変われば品変わる。日南飫肥の正月は概ね我が家と変わるところはなかったが、父親の職業の違いが年末年始の趣きを異にしていた。うちは根っからの商売人の家庭、一方夫の父親は公務員。それも私が嫁いだ頃は日南市助役という肩書き。それ以前、義父は教育畑1本でここまで来た人。言うなればお堅い職業ということになる。1番驚いたのはお歳暮の数。私の家もそれなりに父が商いを営んでいたのだから、よそ様よりもお歳暮やお中元の品数は多いほうだったと思う。だけど父が助役という夫の実家のそれは、すごかった。8畳くらいの部屋が(元々は書生部屋)がもらい物部屋にあてがわれ、海苔だの酒だの油だのがびっしりとうず高く積まれていた。大晦日かその前日に夫と日南の実家に帰っていたが、両日共お歳暮を持参される人が引きも切らさず訪ねてみえた。30日や31日になると、お持ちになるのが鰤の魚1匹とか伊勢海老を籠ごととか生ものが多かった。大体が気の利かない嫁(私)だったから、何をどうしていいのか右往左往するばかり。姑の忸怩たる思いを察するにあまりある.ウンウン今さらながらね。
で、元日の朝が来る。これがもう大変!朝からぞろぞろ、ぞろぞろ、年賀の客。もうホントにぞろぞろぞろぞろ。その人たちは当然というか何というか、玄関先では帰らない。で、実家の大広間では大宴会が繰り広げられ、新しく年賀にお見えになる人が増えこそすれ、減る様子は一向にないので、義母は台所でてんてこまい。そうそう、この台所というのがあり得ないくらい広く、まるで小学校の給食室みたいだった。義母一人がてんてこ舞いしているわけじゃなく、義父の部下(だったと思う)のご妻女たちが何人か手伝いに来ていた。それで私にはますます居場所がなくなっていったのを記憶している。義父はご満悦で真っ赤な顔をして、興が乗ってくるとかくし芸?が始まる。(父と同様義父も正月三が日は大島を着ていた)かくし芸の内容は極単純なモノだったが、私は義父のそれを見るのが嫌いじゃなかった。先ずネクタイを鉢巻がわりにしめる。それから割り箸を船の櫓に見立て割り箸を漕ぐようにフリつけながら♪松島~の~、と歌う、それだけのことだったんだが、これを義父がやるときは相当機嫌がいいときだった。
元日を終えると、それこそ戦いすんで日が暮れて、という様相だったから、多分義母は正月を嫌っていたような気がする。
by kateido2000 | 2007-12-06 19:32

お正月のおもひで

このブログに頻繁に登場する環ちゃんは「スナック環」のママで、MRTラジオのパーソナリティもやるという正に八面六臂の活躍ぶり。その環ちゃんから年末年始のラジオのゲスト出演を依頼された。もちろん即断った。じゃ~昔の正月について何か書いて、ということでこっちは快諾。でもど~せなら、ブログにも書いておこうと「お正月のおもひで」が本日のお題。
お正月の行事って、例えば昨夜環ちゃんはじめ複数の人にこんな質問を投げかけた。
「お宅のお雑煮ってどうだった」
この答えはスゴイ!10人に聞けば10人が違う。お澄ましか味噌かの大まかな違いはともかく、具が違う、出汁が違う、♪利き腕違う~。。それをあげつらっていたら、1枚や2枚の原稿では足りなくなるだろう。だから限定我が家。正月の行事をどう執り行うか、は遡れば二者択一を迫られる問題かもしれない。なぜならば家族の中の頂点である父親と母親が同じ環境や土地に育つということは滅多にないだろうから、父か母かの味なり伝統なりで正月を仕切っていかなけらばならない。で、うちの場合父は宮崎母は鳥取の米子。両親が他界してしまった今、聞く術もないが、どっちかとゆうと鳥取よりだったかな。
母が言っていた言葉の1つに「怠け者の節季働き」というのがある。年末になると忙しいフリをして1年間さも働いたように見せる、というものかしら?ホント母がよく口にした言葉をワタシは右から左に聞き流していたから今になって「ん?」と思うことが多々ある。遅いけどね。
まぁ、そういうわけで毎年節季というものは気ぜわしいものだった。今よりも子供たちには「もういくつ寝るとお正月~」感があったと思う。我が家は毎年お餅をついてくれる業者の人が家の前までやってきて、こちらで用意したもち米で餅を突くまで機械でやってくれる。細長い筒状の物からニョロニョロと餅になる前の餅が出てくるのを眺めるのは大層楽しかった。もうすぐやって来るお正月の前哨戦みたいな胸弾むものだった。丸めるのは母や祖母の仕事で、姉さんかぶりした祖母が器用に丸餅や鏡餅をこさえてもろぶたに並べていくのを見るのも心が躍った。
こないだ宮大の学生に「もろぶたって知ってる」って聞いたら、ほとんど知らなかった。木で出来たもろぶた、見ませんね~近頃。そうそう、お餅を突いてもらうにもちゃんと日のいい日でないといけなかった。うちは何かわからんが、大安とかそういうんじゃなくて、おばあちゃん直伝の「弘法大師の暦」というのが、ハバをきかせていて、九のつく日はもちろん除外で「餅を突く日」が決まっていた。普段料理をしない母は、「お節料理」だけは作る。
母の作る黒豆や数の子ごまめは今考えると本当においしく、もう2度と口にすることができないのだと思うと、これだけは深い喪失感に襲われる。黒豆はシワがあり、隠し味に生姜が入っていた。数の子は2日くらい醤油に漬け込んでおくから、真っ黒。どちらも絶品。
紅白歌合戦が終わる頃、母は私たち子供に「お雑煮は何個?」と、明日の正月に食べる餅の数を聞く。弟は餅大好き人間で「8個」と答え、それぞれが数を言う。母は言われただけの餅を水餅にする。こうすると正月の朝、雑煮にする餅がすぐ煮える。雑煮といえば、母の作ったあの雑煮は一体何だったんだろう。鰹節の出汁だけで作ったあの雑煮。具はかまぼことおやしと海苔。味の名残がまだ舌にある。おいしかったよな~。食べたいな~.。おやしおいしかったよ~。おやしの無い雑煮ってありえな~い。なのに、おやしはうさ子が嫁いだ先の京都には存在しない。鳥取にも多分ないと思う。ってことは雑煮だけは父の好みだったのか。どこをどうやれば母の雑煮になるんだろう。本当に今となっては臍を噛む想いだ。
正月の朝は父が風呂をわかす。朝風呂をすませ父は1年に1度着用する大島紬を着る。これには羽織もついている。そしてまずお屠蘇。前日から酒と味醂に屠蘇を浸しておいたのを飲む。この酒と味醂の割合にも、相当こだわりがあったらしい。順番も決まっていて年の若い順から。つまり我が家では弟が真っ先にお屠蘇を飲む。今でも私は日本酒を口にすると、「あ、お正月~」と何とも言えない郷愁が胸をよぎる。後は皆で食卓を囲み、ひと段落したら隣の「すみれタクシー」(本当にうちの真横がすみれタクシーだったのだ)まで出向き、その車で神武様に初詣。それが終わると親戚の家に向かう。狙いはもちろんお年玉。100円札が健在だったあの頃。えみこおばちゃんがくれるお年玉袋には1000円札が入っていた。50円もアリだったお年玉に1000円のお年玉はひっくり返るくらいうれしかった。あちこちの親戚の家に回るって、核家族の世の中、今はもう遠い昔のおもひでの中にしかないのかもしれない。この年になり父を思い母を懐かしみ熱いものがこみあげる。今、毎年、あまりにも早くめぐってくるお正月。お正月がやって来る度、せつなくて泣きたくなる。今年はおせち料理に、母の味のおせち料理に挑戦しようと思う。母の形見の家紋入りの輪島塗の器や屠蘇器をたまには使ってあげなければ、草葉の陰で母やおばあちゃんに恨まれる。とにもかくにも、これが我が家で毎年繰り広げられた、お正月でした。チャンチャン。。
環ちゃんが着ている着物は、えみこおばちゃん(親戚のおばちゃん)が持ってきてくれた着物。えみこおばちゃんは近頃頻繁に着物を持ってきてくれる。私は着ないから環ちゃんに着てもらう。
by kateido2000 | 2007-12-04 18:56
尊敬する小倉千加子女史。心理学者で専攻は女性学とジェンダー論。現在は早稲田大学、聖心女子で非常勤講師を務めるかたわら、週刊誌のコラムを連載。
『セックス神話解体新書』が最初の著書で、2冊目の『松田聖子論』で名を知られる。
「結婚の条件」は2003年。今年出版された「空飛ぶ教室」まで著書は20冊くらい。全ての本を購入した。『松田聖子論』は絶版になっていて、ブックオフでようやっと見つけた1冊。とにかく面白い。彼女について、娘うさ子といつも語り合う。「結婚の条件」はかいつまめばミもフタもないが、あえてかいつまむ。
小倉千加子はこの本で、現代の日本女性の結婚の生態を、
<生存婚>・・(生きるための手段として結婚する低学歴/低所得層)
<依存婚>・・(夫に依存しながら自己実現を望む短大卒程度の中学歴/中所得層)
<保存婚>・・(現在の生活レベルを落としたくないと考える高学歴/高所得層)
の3つに分類した。
我とわが身を慮り○○婚に属するのか・・。神田うのは保存婚だろうし、TVに出る女子アナなどはまさにこれなんだろうが、じゃぁ藤原紀香はなに婚?


日曜日都城に行く。銀杏がスゴイ!青い空に銀杏はあまりにも似合う。

              神柱神社

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  <去川の大銀杏・・夜はライトアップされるらしい>
by kateido2000 | 2007-12-03 22:17 | 好きな本好きな映画
唯川恵は作家になる以前は銀行員だった。それでなのか、と納得。会社勤めの男女の機微がうまい。「100万回・・」は一組の夫婦を芯に様々な人が織り成す長編。さらっと読める。彼女の作品は時々TVドラマ化される。この小説もドラマ化するといいだろうな。配役などを考える楽しみもある。
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<恋愛すると結婚したくなり、結婚すると恋愛したくなる。離れて、恋をして、再び問う夫婦の意味。結婚から始まる物語。 >
by kateido2000 | 2007-12-01 18:38 | 好きな本好きな映画